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アメリカの「人権カード」に効果がない理由――香港をめぐる米中新冷戦

六辻彰二国際政治学者
香港への優遇措置免除を停止することを発表するトランプ大統領(2020.5.29)(写真:ロイター/アフロ)
  • アメリカをはじめ欧米は香港問題をめぐり、人権や自由を尊重しない国として中国への批判を強めている
  • しかし、この「人権カード」が多くの国の賛同を得ることはなく、中国を孤立させる効果はほぼない
  • そこには世界の大半を占める途上国の、先進国のいう「人権と自由」への疑問と警戒がある

 香港を挟んで米中は「新冷戦」を本格化させているといわれるが、これは勝者なき消耗戦になる公算が高い。

「人権カード」はどこまで有効か

 アメリカ政府は5月29日、香港に対する優遇措置の撤廃を発表した。中国の国家安全法によって香港の高度な自治が脅かされることへの制裁とみられる。

 この他にも、アメリカはイギリス、カナダ、オーストラリアとともに共同で懸念を示した他、中国人留学生のビザ取り消しなども検討中といわれる。

 トランプ大統領は2018年の就任から中国との貿易戦争に踏み込み、最近では「コロナ発生源」をめぐる舌戦もエスカレート。こうしたなか、アメリカはこれまでにも新疆ウイグル自治区のムスリム取り締まりなどをめぐって「人権カード」を切ることがあったが、香港に関しても「人権と自由を脅かす中国」というイメージ化を外交手段にしているといえる。

 ただし、米中新冷戦とも呼ばれる対立のなか、アメリカが人権を盾に中国を追い詰められるかといえば効果は疑わしい。

 それは中国との経済関係がアメリカにとっても死活的な重要性をもつからだけではない。中国が「自由の敵」であったとしても、世界の大多数の国にとって大きな問題ではないからだ。

途上国の静観

 大前提として確認しなければならないのは、中国の問題に限らず他国の内政に介入することも辞さないのは先進国だけで、しかもそれは国連加盟国の6分の1にも満たない圧倒的少数派であることだ。

 これとは対照的に、世界の圧倒的多数を占める途上国は基本的に他国の内政には口を出さない。香港に関しても、ロシアのように積極的に中国を支持する国は少ないが、民主的であってもなくてもほとんどの途上国はノータッチだ。

 それは中国の経済的プレゼンスへの忖度だけが理由ではない。

 例えば、独立以来(さまざまな問題があるとしても)選挙を行い、最近では中国との対立が鮮明なインドでさえ、メディアで香港問題が取り上げられることは稀で、政府がこの問題で中国を批判することはほぼない。

 途上国には香港問題に限らず、他国の内政に関わることを極力避ける傾向が強い。つまり、途上国にとっては、いわゆる「内政不干渉」の方が優先順位として高いのである。

 そのため、アメリカの人権カードは先進国で注目されやすいが、途上国の間でそれに同調する気運はほとんど広がっておらず、香港問題で中国が国際的に孤立することは、ほぼないといえる。

人権と自由への警戒

 欧米以外の国のこうした姿勢には、いくつかの理由がある。

 第一に、ほとんどの途上国は、かつて「文明化」という大義名分のもと植民地化された歴史があるため、先進国が人権や自由といった高尚な理念を掲げて介入することへの警戒が強い。

 第二に、途上国には独裁的な政府や人権問題を抱える国も少なくないため、こうした国にとってはなおさら「内政不干渉」の優先度が高くなる。

 第三に、人権や自由の政治的な利用への警戒だ。

 先進国は関係の深い途上国が相手の場合、その人権問題を無視しがちで、いわゆるダブルスタンダードが目立つ。アメリカがインドサウジアラビアの人権問題に沈黙しがちなことは、その象徴だ。

 もともと関係のよくない部下がミスをすると悪様に罵るのに、可愛がっている部下の場合には大目にみるような上司が周囲から信頼を得ることはない。

天安門事件との違い

 こうした途上国の態度は、1989年の天安門事件でもみられたものだ。

 実際、多くの先進国が中国を批判し、制裁を行うなか、途上国のほとんどはこれにコメントさえせず、なかには決して大声でなかったものの、中国の立場に理解を示す国もあった。それによって中国は国際的な孤立を免れたのである。

 しかも、中国は1989年当時、先進国から援助を受けていただけでなく、貿易の約80%を先進国との取り引きに依存していたが、その状況は現在では大きく異なる。中国は援助をほとんど受けていないし、貿易に占める先進国の割合は約60%にまで下落している。

 つまり、天安門事件後の中国は、途上国との付き合いを意識的にそれまで以上に増やしてきたのだ。それは中国の国際的立場を保つための戦略の一環である。

 一方、多くの途上国にとっても、天安門事件の頃と比べて、先進国への依存度は下がっている。これは先進国の人権の旗のもとに集う国をさらに少なくする一因といえるだろう。

 先進国では「国際世論」の形成に途上国が果たす役割を軽視する風潮が強い。しかし、国連をはじめ国際機関のメンバーの大半が途上国である以上、その支持を得られなければ、先進国とて勢力は保てない

 だとすると、トランプ政権の人権カードはアメリカ国内や先進国でのアピールにはなっても、中国を孤立させることはできず、実際の外交的成果には乏しいといわざるを得ない。

勝者なき消耗戦

 ただし、その一方で、香港問題をめぐって中国が多くの国から支持を集めることも難しい。

 途上国でも中国企業などへの不満は高まっており、低所得層にその傾向が強い。これまでアフリカの国際的な足場だったアフリカでも、コロナ蔓延をきっかけに中国人への差別などが表面化している。

 このなかで中国を積極的に支持することは、途上国の政府にとってもリスクがある。だからこそ、あえて火中の栗を拾うことで中国に恩を売る国があっても不思議ではない。

 とはいえ、そうした選択をする国は決して多くなく、ほとんどはむしろ様子見に徹している。

 こうしてみたとき、米中はどちらも多くのフォロワーを引きつけられないまま、打ち上げ花火をあげつつけることにもなりかねない。それは香港の人々が置き去りになることをも意味するのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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